◾️ STATEMENT
"私は長い間、何者かになりたかった。生まれながらに、自分という存在への矛盾を感じていたから。
けれど生きるほどに、人間も世界も、単純な言葉では捉えきれないのだと感じるようになった。
 
""金属 ""と聞けば、多くの人は固く冷たいものを思い浮かべるだろう。
しかし、水銀は金属でありながら液体であり、条件によっては固体にも気体にもなる。
一つの性質だけでは捉えきれないその在り方に、私は自分自身の問いを重ねるようになった。
 
かつての私は、一つの答えを探し続けていた。
けれど今は、一つの言葉や一つの形では語り尽くせないことこそが、存在の自然な姿なのではないかと感じている。
私もまた、矛盾を抱えながら存在している。
その矛盾を許容し、愛していきたい。 "
 
——————- 夏目らん
 
一時期、彼女は表現の迷いの中にいた。
そのとき僕は、無理に新しいものを探すのではなく、一度、描き始めた頃の自分に戻ってみたらどうだろうと提案した。
油絵を離れるのではなく、原点だったデジタルで小さな作品を描きながら、「描くこと」そのものの楽しさを思い出してみる。その時間は決して後戻りではなかった。
そして今回、彼女は再び油絵の前に立った。
同じ場所へ戻ったのではない。
一度原点を通り抜けたからこそ、以前とは違う景色が見えるようになったのだと思う。
夏目らんの作品には、いつも言葉にならない感情が漂っている。
美しさだけでは語れない不安や孤独、心の揺らぎ。
それらを無理に整理することなく、画面の中へ静かに置いていく。
その誠実さが、彼女の作品にしかない空気を生み出している。
彼女はこれまで、自分自身と向き合いながら描き続けてきた。
だから作品は、自分を主張するためのものでも、誰かを説得するためのものでもない。
ただ、自分の内側にあるものと正直に向き合った時間の痕跡なのである。
だからこそ、見る人もまた、自分自身の感情と静かに向き合うことになる。
今回の展示で描かれているのは、一つの答えではない。
描き続けることでしか見えない景色があり、描き続けることでしかたどり着けない場所がある。
その時間を経たからこそ生まれた作品たちは、以前よりも穏やかで、以前よりも深く、人という存在そのものを見つめているように思える。
夏目らんは、完成された自分を描く作家ではない。
描きながら変わり続ける自分を、そのまま受け止めようとする作家なのである。 "
 
 
------------ 米原康正
 
 
 
◾️PROFILE

 
夏目らん|Ran Natsume
誰もが抱えている、普段見せない痛みや言葉には出来ない内側を可視化する。